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【「AIに先生をやらせるな」米国、「AIで先生を楽に」欧州、「学校AIルール改定」日本】教育AIはいまどこへ向かう?

こんにちは、完全個別指導塾オールウェイズです。

昨日からオールウェイズでは、塾生向けに学習アプリ「WAYS」の利用を始めました。

そんなタイミングで今朝、教育・AI関係のニュースを追っていたら、かなり面白い動きが同時に見えてきました。

かなり乱暴に一言でまとめると

米国では「AIに先生をやらせるな」
欧州では「AIで先生を楽にしよう」
日本では「学校でAIをどう使うか、ルールをもう一度見直そう」

同じAIなのに、方向が全然違うように見えます。

でも詳しく読んでいくと、私はむしろ「みんな同じところを探しているんじゃないか」と感じました。

教育のどこまでをAIに任せて、どこからは人間が絶対に残るのか。

まさに今、その線引きを世界中でやっているんだと思います。

 

アメリカでは「AIを先生にするな」という法案

まずアメリカです。

正確に書くと、「アメリカ全体でAI教師が禁止された」という話ではありません。

ニューヨーク州議会に提出されている法案では、AIを搭載した人型ロボットを、教師の代わりとなるような教育活動に使うことを禁止する内容が示されています。

法案上の「教育活動」には、授業を進めることだけではなく、1対1や少人数での学習指導、チュータリング、生徒の評価や採点なども含まれています。

現時点では成立した法律ではなく、州議会で審議中の法案です。

 

つまり、「AIそのものを学校から追い出そう」という話ではありません。

かなり単純化して表現するなら、「教師という役割そのものをAIに渡すな」という線引きです。

これ、WAYSを作っている私としてはかなり興味深いです。

 

ニューヨーク市でも「AIをどこまで生徒に使わせるか」にブレーキ

さらにニューヨーク市では、2026年度、幼児教育から中学8年生(日本の中学2年生に相当します)までを対象に、生徒が直接使う生成AIを原則停止する方針が始まっています。

一方、高校では承認されたAIの限定利用やAIリテラシー教育を行い、教師については授業準備や校務でAIを利用できます。

 

つまりここでも、「全部禁止」ではなく、年齢や目的によってAIとの距離を変える考え方です。

私はこのあたりがかなり面白いと思っています。

少し前までは、「学校でChatGPTを使っていいのか、ダメなのか」という二択の議論が多かった気がします。

 

でも、もうそんな単純な話ではなくなっています。

誰が使うのか。

何歳で使うのか。

何のために使うのか。

どこまでAIに任せるのか。

そこまで細かく考える段階に入っています。

 

一方、欧州は「先生の時間をAIで取り戻す」

そしてヨーロッパです。

EU理事会は今年、「AI時代の教師」に関する結論を公表しています。

そこでは、AIには個別化された学習やフィードバックを支援する可能性があるだけでなく、事務作業を効率化することで、教師が授業や学習そのものに使える時間を増やせる可能性があるとしています。

 

これだけ聞くと、「アメリカと真逆じゃん」と思いますよね。

AI教師は禁止。

一方ではAIをどんどん使って先生を楽にする。

ただ、EUの文書をもう少し読むと、面白いことが書いてあります。

AIは、教師という人間の役割を補完し、強くする形で使うべきであり、教師と生徒との関係や教師の教育的役割を置き換えてはいけないという考え方です。

これ、実はアメリカの話とそんなに遠くありません。

 

「先生をAIにする」のと「先生がAIを使う」のは全然違う

私はここが、これからの教育AIを考えるときにかなり重要だと思っています。

先生をAIにする。と、先生がAIを使う。は、全く別です。

 

例えば教材作成。

プリントのたたき台。

文章の整理。

問題作成。

学習記録の整理。

過去の学習データから、気になるところを探す。

こういう仕事はAIがかなり得意です。

ここをAIに手伝ってもらって、その分、生徒と話す時間や授業準備に時間を使えるのであれば、私はかなり使った方がいいと思っています。

実際、私はもう相当使っています。

最近なんてAIを使っていない仕事を探す方が難しいくらいです(笑)

 

でも、「じゃあ生徒の指導そのものもAIに全部任せよう」となると、話は変わります。

 

日本はちょうど「線を引き直している」

そして日本。

昨日10月1日、文部科学省のデジタル学習基盤特別委員会で、学校における生成AI利用ガイドラインの改定に向けた検討状況が議題になりました。

現在の正式版であるVer.2.0も、学校で生成AIを一律に禁止したり、一律に利用させたりするものではありません。

人間が最終的に判断することを基本に、学習や校務の中で適切に利用するという考え方です。

 

ただ、AIはものすごい速度で進化しています。

だからガイドラインも一度作って終わりではない。

現在進んでいる次の改定では、「教師が担うべきこととAIが担えること」や、AIによって学習過程を飛ばしすぎることへの対応なども論点になっています。

つまり日本も、「AIを使うか使わないか」ではなく、「どう使えば学習になるのか」へ議論が移ってきています。

 

私が一番気になるのは「学習過程のショートカット」

これは以前からブログでも何度か書いていますが、私はAI教育でここを一番気にしています。

AIは便利です。

便利すぎます。

 

例えば数学の問題を写真で撮って、「解いて」と言えば、答えも途中式も出せます。

英作文だって一瞬です。

作文だって書けます。

要約もできます。

ということは、使い方を間違えると、学習に必要な面倒くさい部分を全部飛ばせてしまう。

考える。間違える。「あれ?」と思う。もう一回考える。教科書を見る。先生に聞く。理解する。もう一度自分で解く。

この「面倒くさい途中」に、実は勉強のかなり大事な部分があります。

完成した答えだけを手に入れてしまったら、宿題は終わったけれど本人には何も残っていない、ということが普通に起こります。

だから文科省が「学習過程の過度なショートカット」を論点にしているのは、すごく分かります。

 

そして、昨日からWAYSを始めたからこそ余計に考える

なんというタイミングでしょう(笑)

昨日10月1日から、オールウェイズでもWAYSを塾生に開放しました。

AIに質問できます。

問題演習もできます。

学習記録も取れます。

Every Checkでは学習計画も管理します。

かなりAIやデジタルを使っています。

でも昨日の記事にも書いたように、私はWAYSを作ったからといって、「これからAIが先生をします」とは全く考えていません。

むしろ逆です。

 

AIに任せられるところを任せることで、私がもっと生徒を見るために作っています。

 

WAYSでやりたいのは「AI先生」ではない

例えば生徒が自習中に数学で止まったとします。

私はその時間、別の生徒と1対1授業をしているかもしれません。

以前なら、授業が終わるまで待つしかなかった。

WAYSなら、その場でウェイズ先生に質問できます。

 

ただし、すぐに答えだけを渡すのではなく、

「どこまで分かってる?」

「何を使えそう?」

「まずここを考えてみよう」

と進める。

 

そして、そのやり取りや学習記録を私も確認する。

次の授業で、「この前ここで止まってたよね」と続きから見られる。

これが私の考えるAIの使い方です。

AIが私の代わりに生徒を見るのではなく、AIのおかげで私が今まで見えなかった時間まで見られるようになる。

ここはかなり違います。

 

3方向に見えて、実は同じ方向なのかもしれない

最初に、米国は「AIに先生をやらせるな」欧州は「AIで先生を楽にする」日本は「学校AIのルールを見直す」と書きました。

確かに表面だけ見ると違います。

 

でも、ここまで見てみると、意外と共通しています。

先生をなくしたいわけではない。

 

むしろ、教師にしかできない仕事は人間がやる。AIでできる仕事はAIに助けてもらう。子どもの思考そのものをAIに丸投げさせない。最終的な判断や責任は人間が持つ。

おそらく、このあたりを世界中で探っている最中なんじゃないでしょうか。

 

「AIを使う塾」より、「AIをどこに使わないかを決められる塾」にしたい

昨日WAYSを公開したばかりなので、これは自分自身にも言い聞かせています。

新しい機能を作るのは楽しいです。

これは本当に楽しい(笑)

「あれもできる」「これもできる」となります。

でも、できるから入れる、では危ない。

AIにできることと、AIにやらせるべきことは同じではありません。

生徒の進路を決める。

本人の気持ちの変化を見る。

「今日は何かいつもと違うな」と気づく。

褒める。

時には叱る。

本人と一緒に悩む。

こういうところまでAIに渡すつもりはありません。

一方で、反復練習を出したり、質問の最初の一歩を支えたり、膨大な学習記録を整理したりすることは、AIがものすごく力を発揮できます。

その線をどこに引くか。

たぶんこれから何年も、教育現場ではこの話をすることになると思います。

 

教育AIは「導入するか」から「役割分担をどうするか」へ

少し前なら、「学校でAIを使うべきか?」という話だったと思います。

でも、2026年の今はもう一段先へ進んでいます。

AIは存在します。

生徒たちも使います。

先生も使います。

なくなるとは考えにくい。

だったら次に必要なのは、

人間とAIの仕事をどう分けるか。

だと思います。

 

アメリカで「そこはAIに先生をさせない」

ヨーロッパで「先生の負担はAIで減らそう」

日本で「学校での使い方をもう一度整理しよう」

この三つが同時に動いているのは、かなり象徴的です。

 

そして昨日からWAYSを始めたオールウェイズにとっても、全く他人事ではありません。

AIを入れることそのものが目的にならないようにする。

人間がやるべきところは、ちゃんと人間がやる。

便利なところは、遠慮なくAIを使う。

その結果として、生徒を見る時間と、生徒自身が考える時間の両方を増やす。

私は今のところ、そこを目指したいと思っています。

世界中がちょうど正解を探している途中です。

もちろん私も、完全に同じです。

昨日公開したWAYSだって、これから生徒と使いながら何度も変わると思います。

 

ただ一つ、AIに勉強させるのではなく、AIを使って生徒がもっと勉強できるようにする。

ここだけは、変わりません。