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塾長のひとりごと
【三浦大知「Show me your own fire」とKvi Baba「BPM feat. KREVA」は本歌取り?】安佐南区のKREVA大好き塾長が解説
こんにちは、完全個別指導塾オールウェイズです。
今日は完全に私の趣味から入らせてください。
本日9月2日、三浦大知さんの新EP『I know I don’t know』がリリースされ、その中に「Show me your own fire」という楽曲が収録されています。
私はもともとKREVAさんが大好きで、三浦大知さんを好きになったきっかけもKREVAさんでした。
2人はこれまで何度も共演してきました。
KREVAさん自身が三浦大知さんを「大切な盟友」と語る関係で、三浦大知さんもKREVAさんについて「大尊敬というか、大好きな存在」と話しています。
私から見ると、もはや単純な先輩・後輩や師弟というより、長年お互いを認め合ってきた兄弟のような関係に感じています。
そんな三浦大知さんの新曲を聴いていたら、突然とんでもない言葉が飛び込んできました。
「BPM 125」
……ん?
さらに、「嫌なこと 全て忘れちゃおう」そして、「2人のK」私の中ではもう完全に、「これ、BPMじゃん!!」となりました。
Kvi Baba「BPM feat. KREVA」
「BPM feat. KREVA」は、Kvi BabaさんがKREVAさんを迎えて2026年4月22日にリリースした楽曲です。
この曲の中には、「嫌なことは全て忘れて」という言葉があり、KREVAさんのヴァース(一節)にはテンポが125だというラインもあります。
だから「Show me your own fire」で、「BPM 125」「嫌なこと 全て忘れちゃおう」と出てきた瞬間、BPMを聴いていた人ならかなり反応するのではないでしょうか。
そして「2人のK」
ここについて公式に意味が説明されているわけではないので、断定はしません。
ただ私は当然、Kvi BabaとKREVA。
この2人のKだと受け取りました。
もしそうなら、かなりニヤニヤしてしまいます。
ちなみに「BPM feat. KREVA」自体も、リリース前に客演アーティストのイニシャルが「K」だとだけ明かされ、「Kは誰だ?」と考察された末にKREVAさんだと発表された経緯があります。
そこまで含めて「K」を使っているのだとしたら、もうさらに好きです。
私の心拍数は125を余裕で超えました
KREVAさんをずっと聴いてきて、KREVAさんをきっかけに三浦大知さんを好きになった私からすると、こういう仕掛けはたまりません。
「あの曲のあそこだ」と気づいた瞬間、それまで聴いていた一曲だけではなく、別の曲の記憶まで一気に戻ってきます。
BPMを初めて聴いたときのこと。
KREVAさんのヴァース。
Kvi Babaさんとの組み合わせ。
三浦大知さんとKREVAさんのこれまでの関係。
いろいろなものが一瞬で頭の中につながる。
もう完全にテンションが上がりました。
私の心拍数は、間違いなく125をはるかに超えていたと思います。
そして、そのときに思いました。
これ、古文で習う「本歌取り」と、かなり似ているじゃないか。
本歌取りとは何か
高校古文で「本歌取り」という言葉を習います。
簡単に言えば、昔の有名な和歌を意識して、その歌の言葉や情景、表現などを取り入れながら新しい和歌を作る技法です。
ただのコピーではありません。
元となった歌を知っている人が、「あ、この言葉はあの歌から来ている」と気づくことそのものが重要です。
元の歌を思い出しながら、新しい歌を読む。
すると、一首の中に二つの作品が重なって見えるようになります。
私はこれを生徒に説明するとき、「昔の有名曲のフレーズを、新曲の中で引用して使う感じ」と説明することがあります。
今回の「Show me your own fire」を聴いて、まさにその感覚を自分自身が味わいました。
厳密に音楽用語として「サンプリング」と言えば音源そのものを使う場合もあるため、今回については歌詞の引用・オマージュ、いわば“言葉のサンプリング”と考えるのが近いでしょう。
有名な本歌取りを一つ見てみる
本歌取りの代表例としてよく紹介されるのが、藤原定家の歌です。
駒とめて
袖うちはらふ
かげもなし
佐野のわたりの
雪の夕暮れ
『新古今和歌集』に収められた歌です。
この歌には、元になったとされる『万葉集』の歌があります。
苦しくも
降り来る雨か
三輪が崎
佐野の渡りに
家もあらなくに
元の歌では、旅の途中で雨が降ってきたのに、佐野の渡しには雨宿りする家もないという状況が詠まれています。
それを定家は、雨ではなく雪に変えました。
さらに「家がない」から、「雪を払うために馬を止められるような物陰さえない」という景色へ変えています。
同じ「佐野のわたり」を使いながら、元の作品とは別の景色を作ったわけです。
本歌を知っている人なら、「あの雨の佐野を、今度は雪にしたのか」と気づきます。
そうすると、新しい和歌だけを読むより、作品の奥行きが増します。
本歌取りは「元ネタを知っている人へのサービス」でもある
ここが、今日一番伝えたいところです。
学校で本歌取りを習うと、「昔の歌の一部を取り入れる技法」と覚えて終わってしまうことがあります。
テストならそれで正解できます。
でも、それだけだと面白くありません。
本歌取りの本当の面白さは、「気づいた!」という瞬間にあると思います。
今日、私が三浦大知さんの曲を聴きながら、
「BPMじゃん!」となった感覚。
おそらく当時の和歌をよく知っている人たちも、新しい歌を聞いたとき、「おお、あの歌を持ってきたか」となったのではないでしょうか。
もちろん平安時代や鎌倉時代の人に直接聞くことはできません。
でも、人間のこういう部分は、それほど変わっていないように思います。
知っている作品の言葉が別の作品に突然現れる。
気づいた自分がちょっと嬉しい。
元の作品まで思い出す。
作者がどういう意図で使ったのか考えたくなる。
たぶん、今の音楽ファンとそんなに変わらないでしょう。
本歌取りを使うと、和歌が「二重」に聞こえる
本歌取りの面白さは、新しい歌だけでは完成しないところにもあります。
元の歌を知らなくても、新しい歌そのものを読むことはできます。
でも本歌を知っていると、新しい歌の後ろから、昔の歌が聞こえてくる。
そんな感覚になります。
今回も同じでした。
「Show me your own fire」だけを聴いても一つの曲として成立しています。
でも「BPM feat. KREVA」を知っている私には、そこへBPMの記憶まで重なりました。
だから一つのフレーズから受け取る情報量が一気に増える。
本歌取りとは、単なる「昔の表現の再利用」ではなく、受け手の記憶まで使って作品を広げる技法だと考えると、かなり面白くなります。
なぜ昔の人はわざわざ昔の歌を使ったのか
現代の感覚だと、「人の表現を使ったらオリジナリティがないのでは?」と思うかもしれません。
しかし、本歌取りでは逆です。
有名な歌を踏まえていることを分かったうえで、そこからどう変えるか。が腕の見せどころです。
同じ言葉を使いながら季節を変える。
立場を変える。
情景を変える。
恋の歌を別の意味へ広げる。
元の作品を知っているからこそ、違いも際立ちます。
現代の音楽でも、昔の曲のフレーズが引用されたり、過去の作品へのオマージュが入ったりすると、
「そのまま使った」だけではなく、「この曲で、なぜ今これを持ってきたんだろう?」と考えますよね。
本歌取りも、かなり近い楽しみ方だったのではないでしょうか。
古文には「ネイティブスピーカー」がいない
私は古文を教えるときに、難しいところだと思うことがあります。
英語なら、今も使われている言語です。
ネイティブスピーカーもいます。
現代の映画も音楽もSNSもあります。
「実際にこういう場面で使うんだ」という経験ができます。
でも古文には、平安時代のネイティブスピーカーはいません。
「この歌を初めて聞いたとき、どう感じました?」と当時の人へインタビューすることもできません。
だから古文が、「昔の人が使っていた謎の言葉」になりやすい。
でも、今回のような現代の体験と重ねて考えると、一気に近くなります。
平安時代の人だって「元ネタ分かった!」となったはず
もちろん、当時の人の感情を完全に再現することはできません。
でも私は、かなり似た興奮があったと思っています。
好きな歌をよく知っている。
新しい歌を聞く。
聞き覚えのある表現が出てくる。
「あれ?」となる。
少し考える。
「あの歌だ!」となる。
そして、「ここをこう変えたのか」「この歌に持ってくるのか」と楽しむ。
今日、私が三浦大知さんの曲を聴いてKREVAさんとKvi Babaさんの「BPM」を思い出したのと、そんなに違わないのではないでしょうか。
そう考えると、教科書の中に書いてある「本歌取り」という四文字が、急に生きた文化に見えてきます。
古文は「昔の暗号」ではなく、昔のエンタメでもある
古文というと、助動詞、敬語、古文単語、品詞分解、現代語訳。
そういう勉強になりがちです。
もちろんテストや入試では必要です。
でも、和歌や物語を書いていた人たちは、後世の高校生に文法問題を解かせるために作品を書いたわけではありません。
当時の人が読んで、面白い。美しい。切ない。うまい。「その表現持ってくるのか!」と思うための作品でもあります。
それを忘れると、古文は途端につまらなくなります。
本歌取りも、「有名な古歌を踏まえて作る表現技法」と暗記するだけなら10秒で終わります。
でも、「これ、好きなアーティストの新曲に昔の曲のフレーズが入ってきたときのアレか」と分かれば、たぶん忘れません。
勉強では「自分の知っているものにつなぐ」と強い
これは8月19日のブログで書いた「同じ・似ている・違う」で覚える話にもつながります。
新しい知識を、教科書の中だけで孤立させない。
自分がすでに知っているものとつなげる。
本歌取り=古文の技法だけではなく、
本歌取り
=昔の有名作品へのオマージュ
=現代音楽にもある
=自分が実際に興奮したあの感覚
までつながれば、記憶に残りやすくなります。
私はこういう瞬間が、勉強ではかなり大切だと思っています。
今日は完全にKREVAファンとして書きました
普段のブログでは、できるだけ生徒の勉強や教室のことを書いています。
今日はだいぶKREVAファンの私が前に出ました(笑)。
でも、新しい三浦大知さんの曲を聴いて、Kvi Babaさんの「BPM feat. KREVA」を感じ、そこから高校古文の本歌取りにつながった。
これも立派な勉強の入口だと思います。
三浦大知さんの『I know I don’t know』は本日9月2日リリース。
「Show me your own fire」は5曲入りEPの4曲目に収録されています。
そして「BPM feat. KREVA」は今年4月にリリースされた楽曲です。
この2曲を知ってから本歌取りを勉強すると、教科書の説明が少し違って見えるかもしれません。
古文を学ぶとき、「昔の人だから、自分たちとは全然違う」と考える必要はありません。
好きな作品の引用に気づいて興奮する。
作者の仕掛けにニヤッとする。
「そこ持ってくるか!」と思う。
人間、そこは何百年経ってもあまり変わらないのかもしれません。
少なくとも今日の私はそうでした。
BPM125。
曲は125でも、私の心拍数は間違いなくそれをはるかに超えていました。



