数学

【正解したのに、なぜ説明させる?】中1方程式で「生徒が先生役」になる授業【安佐南区】

 

こんにちは、完全個別指導塾オールウェイズです。

 

今日は、中1数学の授業であった一場面から。

方程式を解いていて、x=+8-12というところまで来ました。

生徒はそのまま計算して、x=-4と答えました。

 

正解です。

 

普通なら、「はい、正解。じゃあ次」で進んでもおかしくありません。

でも私はそこで止めました。

「じゃあ先生、この計算がなんで−4になるのか教えてください」

突然、生徒を先生役にしました(笑)

 

正解しているのに、なぜ説明させるのか

「合ってるんだからいいじゃん」と思うかもしれません。

でも、この生徒はつい最近まで、正負の数の符号でミスをすることがよくありました。

だから今回知りたかったのは、−4と答えられたかどうかだけではありません。

本当に、「なぜ−4になるのか」まで理解しているのか。

 

今回はたまたま合っただけなのか。

似た問題でも同じ考え方ができるのか。

そこを確認したかったんです。

数学では、正解しているから理解できているとは限りません。

逆に、計算ミスで答えは間違っていても、考え方そのものはきちんと理解できていることもあります。

だからオールウェイズでは、答えだけではなく、その答えまでの頭の中をできるだけ見ます。

 

ちょうど中3生もいたので、授業参観が始まりました

そのとき、たまたま仲の良い中3生も教室にいました。

せっかくなので私の隣に座ってもらい、一緒に中1生の説明を聞くことにしました。

急に聴衆が増えます(笑)

そして中1生が先生役。

私は生徒役です。

ここからが、オールウェイズの生徒たちにはお馴染みの時間です。

私が生徒役になった瞬間、急に何も知らない人になります。

 

「なんで?」

「え、それどういう意味?」

「8から12引いたら、なんでマイナスになるん?」

「プラス8ってどこにあるん?」

「じゃあ逆に12から8ならどうなるん?」

「数字がもっと大きかったら?」

と、聞きます。

 

詰めます。

さらに聞きます。

そして、また詰めます(笑)

 

すると生徒から、「先生、そこまで聞くん?」とか、「なんで急にアホみたいになるん!」と言われます。

知りません。

今の私は生徒です(笑)

 

難しい言葉を使えることが「説明が上手い」ではない

こういうときに私が見ているのは、数学用語をたくさん知っているかではありません。

もちろん正しい言葉を使えることは大切です。

でも、「正負の数の加法減法では……」と難しい言葉を並べても、聞いている人が分からなければ説明としてはあまり役に立ちません。

私が欲しいのは、誰が聞いても「ああ、そういうことか」と分かる説明です。

例えば今回なら、数直線を書いてもいい。

+8のところから12だけ左へ動く、と説明してもいい。

「8持っているけど12払わないといけないから4足りない」と考えてもいい。

方法は一つではありません。

大切なのは、自分が分かっていることを、相手が分かる形に変えることです。

これが意外と難しい。

自分では分かっているつもりでも、いざ人に説明すると、「あれ?」となります。

その「あれ?」が、私はかなり大事だと思っています。

 

人に教えようとすると、自分の曖昧なところが出てくる

問題を解いているだけなら、何となくできてしまうことがあります。

手が勝手に動く。

以前やったやり方を真似する。

答えが合う。

それでも問題演習としては成立します。

でも、「なぜそうなるの?」と聞かれた途端に止まる。

これは、その生徒の中でまだ言葉になっていない部分があるということです。

そこで初めて、「自分、ここ実はちゃんと分かってなかったかも」と気づけます。

だから私は、生徒に先生役をしてもらうことがあります。

単に面白いからやっているわけではありません。

……まあ、私が急に何も知らない人になって、生徒からツッコまれるのは結構面白いんですが(笑)

それ以上に、説明することそのものが、理解度を確認するテストになるからです。

 

板書も生徒にやってもらいます

先生役になったら、口で説明するだけではありません。

必要ならホワイトボードも使います。

「じゃあ、これ板書して説明して」と。

これも大事です。

頭の中では分かっていても、実際に書こうとすると、

どこから書けばいいのか。

何を先に書けば相手に伝わるのか。

途中式はどこまで必要なのか。

図を入れた方がいいのか。

考えないといけません。

普段は先生が整理した板書を見ています。

でも今度は自分が、相手に伝わる順番を考えて書く側になります。

これは数学だけの練習ではないと思っています。

 

数学を使って、表現力も鍛える

最近、「表現力」という言葉を教育の中でよく聞きます。

でも表現力は、国語の作文や発表だけで鍛えるものではありません。

 

数学でもできます。

「なぜこの式になるのか」

「どうしてこの答えになるのか」

「この問題はどこから考えればいいのか」

それを自分の言葉で説明する。

 

相手が分かっていなければ、言い方を変える。

図を書く。

具体例を出す。

これは立派な表現です。

しかも、数学には答えがあります。

だから説明の筋道が合っているかどうかも確認しやすい。

私は、数学の授業の中でもこういう力をかなり鍛えられると思っています。

 

「分かっている人にだけ通じる説明」では足りない

先生役をしている生徒が、「これはこうなるじゃん」と言うことがあります。

その瞬間、「いや、分からん」と言います(笑)

「なんで?」

「そうなるから」

「そうなるって何?」

 

また始まります。

生徒からすれば面倒でしょう。

でも、それでいいんです。

「分かっている人同士なら通じる説明」と、「初めて聞く人にも通じる説明」は違います。

本当に理解しているなら、相手に合わせて言い換えられる。

難しい言葉しか使えないなら、実はその言葉を覚えているだけかもしれない。

私はできるだけ、自分より分からない人に教えられるところまで持っていきたいと思っています。

 

中3生が横で聞いているのにも意味がある

今回は、たまたま仲の良い中3生が隣で聞いていました。

これも面白いんです。

中3からすれば、正負の数は何年も前に習った内容です。

当然できると思っている。

でも、中1生が一生懸命説明しているのを聞くと、「自分ならどう説明するかな」と考えることがあります。

簡単な内容ほど、説明するのは意外と難しい。

「−だからマイナスになる」では説明になっていません。

自分にとって当たり前になったことを、まだ当たり前ではない人へどう伝えるか。

学年を越えてこういうやり取りができるのも、小さな塾ならではかなと思います。

 

もちろん、全員に同じことをするわけではありません

ここはかなり大事なので書いておきます。

オールウェイズで生徒が先生役になるからといって、全員を突然前に立たせて説明させるわけではありません。

 

人前で話すことにものすごく緊張する生徒もいます。

突然質問されることが苦手な生徒もいます。

間違いを怖がる生徒もいます。

私との関係性も、生徒によって違います。

 

今回のように私が、「なんで?」「それどういうこと?」と質問責めできるのも、普段から関係ができていて、「また先生が始めた(笑)」と受け取ってくれる生徒だからです。

関係性ができていない生徒に同じことをやれば、ただ追い詰めるだけになってしまうこともあります。

だから授業方法も一人ひとり変えます。

よくしゃべる生徒なら先生役をしてもらう。

口で説明するのが苦手なら、まず書いてもらう。

質問に答える方がやりやすいなら、私が一つずつ聞く。

それも完全個別1対1でやっている理由の一つです。

 

正解の「その先」を見る

今回の問題は、x=+8-12から、x=-4とするだけです。

問題として見れば、決して難しいものではありません。

しかも最初から正解しています。

 

でも私は、その一問からかなりいろいろ確認できます。

符号の意味を理解しているか。

数の大小をイメージできているか。

数直線で説明できるか。

自分の言葉で話せるか。

相手が分からなかったときに言い換えられるか。

板書で整理できるか。

ここまで見れば、単なる「○が一個ついた問題」ではなくなります。

以前よく符号を間違えていた生徒だからこそ、正解した今のタイミングで確認する意味がありました。

間違えたときだけ深掘りするのではありません。

正解したときこそ、本当に分かったのかを見ることもあります。

 

「解ける」から「教えられる」へ

私は、生徒全員に先生になってほしいわけではありません。

 

でも、「自分はこう考えた」「だからこうなる」と説明できる力は持ってほしい。

問題を解けた。

その次に、なぜ解けたか説明できる。

さらにその次に、相手が分からなければ別の説明ができる。

 

ここまでいくと、理解はかなり強くなります。

だからオールウェイズでは、ときどき立場が逆転します。

生徒が先生。

私が生徒。

そして私は急に何も分からなくなります。

生徒には、「絶対分かっとるじゃろ!」と言われますが、

その時間だけは知りません(笑)

「正解した」で終わらず、「人に説明できる」まで。

 

今回の中1数学も、そんな授業になりました。